平成29年2月1日登録
 

 
 
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利府町の歴史 
  利府町にはたくさんの歴史があります。
 私たちの周りにある遺跡や神社、お地蔵さんなどを訪ねてみませんか?
 
 神社 : 太子堂八幡神社春日神社染殿神社伊豆佐比賣神社
     子安観音菅谷不動尊雷神社黄金山神社
 
     
太子堂(たいしどう)(森郷)
   森郷の太子堂には、高さ約90センチメートルの木彫りの聖徳太子像が安置されています。聖徳太子は仏教を篤く信仰し、広く普及したことから、さまざまな宗派によって信仰の対象となっており、全国各地に太子堂が建立されています。

八幡(やわた)神社】(中央)  
   貞観11年(869年)に起こった、陸奥国大地震(貞観地震)による大津波で流されてきた八幡村(現在の多賀城市)の八幡様の御神体を、加瀬の地で泥の中から拾い上げお祀りしたのが始まりといわれています。そのため、「泥八幡」・「流れ八幡」などといわれています。

春日(かすが)神社】(春日)   
   平安時代、陸奥守藤原富士麻呂が多賀城政庁に赴任した際、大和国三笠山春日神社(奈良県)から今の塩竈市に、その後、現在の場所に移されました。多賀城政庁の官人、平泉藤原氏や仙台藩主などによって崇拝されました。

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染殿(そめどの)神社】(赤沼)
 平安時代に、地方の状況を調べる任務を任せられた身分の高い女性が、この地に滞在した時に染物などの技術を地方の娘たちに教えました。後に地元の人々がその女性を称えて、滞在した跡地にお堂を建てたのが建立のいわれとされています。

伊豆佐比賣(いずさひめ)神社】(菅谷)
 平安時代の中頃に編纂された歴史書「延喜式(えんぎしき)」に記載されている由緒ある神社です。現在、神社がある場所には、かつて九門長者という大地主が住んでいたといわれており、多くの伝説が残されています。

 子安(こやす)観音】(菅谷)  
   平安時代、菅谷字飯土井に九門長者という大地主がいました。そこの悪玉という召使いが坂上田村麻呂の子を宿し、その子が無事に成長したことから持仏の観音像を祀ったのが始まりといわれています。

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菅谷(すがや)不動尊】(菅谷)  
   平安時代の末、蝦夷との戦いがあった際に、藤原氏が亡くなった人々を供養するために紀州高野山から不動明王を分け、現在の地にお祀りしたのがはじまりといわれています。拝殿には高さ2メートルの不動明王像が安置されています。

  らい  
【雷神社】(利府)
 永禄2(1559)年8月、日照りが続き、雷神に祈願したところ雨が降り、そのことに感謝した地元住民が社殿を修復したと伝えられています。社殿正面の境内中央にはシラカシの古木があります。
 
 

黄金山(こがねやま)神社】(森郷)  
   安永風土記(あんえいふどき)」には弁天堂と記載されており、ご本尊は木仏立像とあります。利府の三弁天の一つにも数えられています。参道の左右には見事なイチョウの木が立っています。
 
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